サローネサテリテというところ 10
搬出も何とか終わり、搬出の為に取っておいた月曜日はミラノ市街地を見学に。ミラノ在住のデザイナー吉尾元基氏(よしおもとき)に案内してもらう。
まずは外れなくなった棚の横棒を切ってもらうために近所のハードウェアショップ(商店街の金物屋さんみたいな感じ)に行って見てもらう。吉尾さんにイタリア語で説明してもらう。英語以外の語学はほんと習得した人がいると心強い。もう15年もイタリアに居るそうなのですが、それでもまだまだ満足というレベルではないらしい。頭が下がる。横棒は、中で変なことになっているね、と店員のお兄さん。19:00頃に来て。どうにかするよ。と任せて市街地へ。
まずはいつものガリバルディ駅の方に向うトラムに乗る。7と31は乗りなれた番号。覚え方は黄金時代の真弓と掛布だそうだ(このブログを読んでいる人でそこまでわかる人もまずいないだろう:笑)。
道すがらにカスティリオーニ氏の娘さんがやっているアクセサリーショップに行く。小さな素敵なお店。ここでまずお土産を買う。店を出て、そういえば何か食べたいものはありますか?と吉尾さん。
イタリアに来て本格的なピザはまだ食べていなかったので、朝食兼昼食でガリバルディ駅を超えた向こうのピッツェリアに。ガリバルディ駅近辺は少し近代化が進んでいる。高層ビルが建ち始めて遠くからでもそれが見える。古い街並みが好きな僕はちょっと複雑な気持ちだが、日本の都市のようにはならないだろう。イタリアの人たちは日本の人以上に古い街並みが好きなはずだからだ。そのくらいこの街は美しいと思う。
ピッツェリアでメニューを一つ一つ日本語で説明してもらう。アンチョビが好きなのでアンチョビ入りのピザに。エンヤはサーモンのピザ。吉尾さんは生ハム。本当に美味しいのに、日本に比べてはるかに安い。
店も町並みも景色も普段見慣れない僕にとってはどれも贅沢だが、食事に関しては日本より安く感じる。衣食住の水準が高いからだと思う。ミラノに来てわかったことは、彼らは衣食住の基本的な事に対してかなり貪欲だと思う。あまりジャンクな物も食べないだろうし、コーヒーはバールで飲むのが安くておいしいのを知っているのだろう。駅などにも日本のような紙コップの自動販売機も当然あるし、0.5ユーロとかなり安く、味もおいしいと感じたがミラノの人がそれを買っているイメージはあまりない。自動販売機がとても古いのが需要の少なさを物語っている。
何軒かお店を見た後に、小雨が降ってきたので地下鉄でドゥオモへ。僕は二回目。エンヤは初めてだったので、とても興奮。中に入って改めてその巨大な建造物に圧倒される。どうやって建てたんだろう。現代建築はずっとこれと競わなければならないのは本当に大変だと思う。そしてこんな素晴らしい造形の建物を物心ついたころから飽きるほど見ているヨーロッパ人は、造形が強くなるのは当たり前だと吉尾さん。カーデザインの世界で生きている彼はもっとリアルにそのすごさを感じているのだと思う。だからこそイタリアに居続けているとも思う。
ジェラートを食べたいと吉尾さんにお願いし、ジェラテリアへ。ここまで言うとブログタイトルと全く関係なくなるが、面白い話があるので書こう。僕がイチゴとピスタチオにしようと吉尾さんに伝えると、イタリアではシャーベットとクリームは同時に頼まないという暗黙のルールがあるとのこと。僕が怖気づいてやめたところでエンヤが注文。店員さんが一瞬険しい顔をしたが、きちんと盛ってくれた。そこは仕事。当然の事ながらとても美味しかった。
少し話しは変わるが僕の好きなデザイナーに、ミラノ在住の蓮池槇郎(はすいけまきお)さんがいる。デザインしたバッグがほんとうに素敵なのだが、日本ではあまり大きいものがなく、仕事でよく使うA3ノビが入るケースを選ぶ。それは今スペシャルプライスだよ。と店員さん。どうやらサローネにはたくさんデザイナーが来るから、そのサイズが売れるそうだ。77ユーロ。あまりに安かったのでキーケースも新調。YOSHIDAからMHへ。結局日本人のデザインが好きなのかな。なんて。
エンヤがポストカードを選び、家路へ。最初の金物屋に行くともう作業は終わっていた。横棒をきってもらった。これで持って帰れる。小さなお店だが、鍵が壊れたら直してくれるし、金物で困ったらここに来るらしい。こういう関係性は昔の日本ではあったが、今はあまり無い。商店街からスーパーに行くようになったからコミュニティの質が変わってしまったのかも知れない。いずれにせよもったいない。顔なじみほどきっと良いサービスをしてくれるのだろう。
荷造りも終わりいよいよ明日日本へ。荷物の多い、ミラノに慣れていない僕らをロングステイさせてくれた吉尾夫妻に感謝。本当にありがとうございます。
あと色んな人の協力があってミラノに来れたこと。ここでのことはまず忘れないし、たっぷり吸収し日本でたっぷり吐き出そうと思う。そして僕はまたここへ来るだろう。その時までミラノはお預け。日本でみんな待っている。
帰りの空港でセヘからさっそくフェイスブックの申請が。きっと昔に比べて世界は近くなったんだろうな。と思う瞬間。でも自分にとっては本当に大きな旅だった。航空券を自分で買ったのも初めてだった。でも経験がその距離を縮める。それを理解できた事がまず収穫なのかも知れない。
秋田先生と、南さん、その他にもこのブログについて拡散してくれた人が多かったようで、アクセスが毎日100を超えているような状態が続いています。本当にありがとうございます。そして、このブログを読んでいる人で、いずれサテリテに出す人も居るかも知れない。そんな人の役に少しでも立てば僕は嬉しい。そしてその人が次の人に回せばいいなと思う。
世界はいつもフラットに僕らを見てくれる。そして叫べば十分に響く。それがわかった10日間だった。
まずは外れなくなった棚の横棒を切ってもらうために近所のハードウェアショップ(商店街の金物屋さんみたいな感じ)に行って見てもらう。吉尾さんにイタリア語で説明してもらう。英語以外の語学はほんと習得した人がいると心強い。もう15年もイタリアに居るそうなのですが、それでもまだまだ満足というレベルではないらしい。頭が下がる。横棒は、中で変なことになっているね、と店員のお兄さん。19:00頃に来て。どうにかするよ。と任せて市街地へ。
まずはいつものガリバルディ駅の方に向うトラムに乗る。7と31は乗りなれた番号。覚え方は黄金時代の真弓と掛布だそうだ(このブログを読んでいる人でそこまでわかる人もまずいないだろう:笑)。
道すがらにカスティリオーニ氏の娘さんがやっているアクセサリーショップに行く。小さな素敵なお店。ここでまずお土産を買う。店を出て、そういえば何か食べたいものはありますか?と吉尾さん。
イタリアに来て本格的なピザはまだ食べていなかったので、朝食兼昼食でガリバルディ駅を超えた向こうのピッツェリアに。ガリバルディ駅近辺は少し近代化が進んでいる。高層ビルが建ち始めて遠くからでもそれが見える。古い街並みが好きな僕はちょっと複雑な気持ちだが、日本の都市のようにはならないだろう。イタリアの人たちは日本の人以上に古い街並みが好きなはずだからだ。そのくらいこの街は美しいと思う。
ピッツェリアでメニューを一つ一つ日本語で説明してもらう。アンチョビが好きなのでアンチョビ入りのピザに。エンヤはサーモンのピザ。吉尾さんは生ハム。本当に美味しいのに、日本に比べてはるかに安い。
店も町並みも景色も普段見慣れない僕にとってはどれも贅沢だが、食事に関しては日本より安く感じる。衣食住の水準が高いからだと思う。ミラノに来てわかったことは、彼らは衣食住の基本的な事に対してかなり貪欲だと思う。あまりジャンクな物も食べないだろうし、コーヒーはバールで飲むのが安くておいしいのを知っているのだろう。駅などにも日本のような紙コップの自動販売機も当然あるし、0.5ユーロとかなり安く、味もおいしいと感じたがミラノの人がそれを買っているイメージはあまりない。自動販売機がとても古いのが需要の少なさを物語っている。
何軒かお店を見た後に、小雨が降ってきたので地下鉄でドゥオモへ。僕は二回目。エンヤは初めてだったので、とても興奮。中に入って改めてその巨大な建造物に圧倒される。どうやって建てたんだろう。現代建築はずっとこれと競わなければならないのは本当に大変だと思う。そしてこんな素晴らしい造形の建物を物心ついたころから飽きるほど見ているヨーロッパ人は、造形が強くなるのは当たり前だと吉尾さん。カーデザインの世界で生きている彼はもっとリアルにそのすごさを感じているのだと思う。だからこそイタリアに居続けているとも思う。
ジェラートを食べたいと吉尾さんにお願いし、ジェラテリアへ。ここまで言うとブログタイトルと全く関係なくなるが、面白い話があるので書こう。僕がイチゴとピスタチオにしようと吉尾さんに伝えると、イタリアではシャーベットとクリームは同時に頼まないという暗黙のルールがあるとのこと。僕が怖気づいてやめたところでエンヤが注文。店員さんが一瞬険しい顔をしたが、きちんと盛ってくれた。そこは仕事。当然の事ながらとても美味しかった。
少し話しは変わるが僕の好きなデザイナーに、ミラノ在住の蓮池槇郎(はすいけまきお)さんがいる。デザインしたバッグがほんとうに素敵なのだが、日本ではあまり大きいものがなく、仕事でよく使うA3ノビが入るケースを選ぶ。それは今スペシャルプライスだよ。と店員さん。どうやらサローネにはたくさんデザイナーが来るから、そのサイズが売れるそうだ。77ユーロ。あまりに安かったのでキーケースも新調。YOSHIDAからMHへ。結局日本人のデザインが好きなのかな。なんて。
エンヤがポストカードを選び、家路へ。最初の金物屋に行くともう作業は終わっていた。横棒をきってもらった。これで持って帰れる。小さなお店だが、鍵が壊れたら直してくれるし、金物で困ったらここに来るらしい。こういう関係性は昔の日本ではあったが、今はあまり無い。商店街からスーパーに行くようになったからコミュニティの質が変わってしまったのかも知れない。いずれにせよもったいない。顔なじみほどきっと良いサービスをしてくれるのだろう。
荷造りも終わりいよいよ明日日本へ。荷物の多い、ミラノに慣れていない僕らをロングステイさせてくれた吉尾夫妻に感謝。本当にありがとうございます。
あと色んな人の協力があってミラノに来れたこと。ここでのことはまず忘れないし、たっぷり吸収し日本でたっぷり吐き出そうと思う。そして僕はまたここへ来るだろう。その時までミラノはお預け。日本でみんな待っている。
帰りの空港でセヘからさっそくフェイスブックの申請が。きっと昔に比べて世界は近くなったんだろうな。と思う瞬間。でも自分にとっては本当に大きな旅だった。航空券を自分で買ったのも初めてだった。でも経験がその距離を縮める。それを理解できた事がまず収穫なのかも知れない。
秋田先生と、南さん、その他にもこのブログについて拡散してくれた人が多かったようで、アクセスが毎日100を超えているような状態が続いています。本当にありがとうございます。そして、このブログを読んでいる人で、いずれサテリテに出す人も居るかも知れない。そんな人の役に少しでも立てば僕は嬉しい。そしてその人が次の人に回せばいいなと思う。
世界はいつもフラットに僕らを見てくれる。そして叫べば十分に響く。それがわかった10日間だった。
サローネサテリテというところ 9
4/22 サローネ最終日
今日はなんだか特別な朝だ。とうとうこの日がきてしまった。妙な静けさを感じる。
搬出のために大きな段ボールがあるのでタクシーを呼んでもらうと偶然搬入の時と同じドライバーに。彼も覚えていてくれてて出発するなり今日はマラソンはないから道はスムーズだよと冗談混じりに言ってくれた。ドライバーと話すうちに自分から色々と話していることに気づく。知らず知らずのうちに英語も上達したんだろう。人間は知らず知らず成長し、それを実感した時に生きている喜びを感じるのだと思う。
会場に早く到着し、まだ人のいないサテリテのブースをうろちょろ。出展者の特権だと思う。すべての出展を一通りの見たあと裏通りへ。今日も一日が始まる。
せっかくフィエラにいるのでブースをエンヤに任せて本会場に。イタリアにとって家具はほんとに大きな産業だと思う。日本のモーターショーの何倍もの規模で、より多くの展示と新しい見せ方、全てが新鮮。COVOと言うブースで田村ナオさんが昔サテリテアワードを獲ったSeasonsというカトラリーケースを発見。このメーカーはその前にも小林幹也さんが椅子を発表したブースだと思う。もしかすると日本人のエージェントが居るのかも知れない。
そんな事を考えながらブースを見ているとMATTIAZZIというイタリアの家具メーカーのブースで話しかけられた。秋田先生のformroomから生まれたイニシャルに折れている名刺をブースで配っていたのですが、そのブースの人が覚えていてくれてて、一番人気のカタログは本当はもうないんだけど特別にあげるよと言ってストックから持ってきてくれた。
サテリテ会場で出会った人は筋が通った面白いことにはとても素直に感動し、受け入れる無垢さを感じる。そしてそういうきっかけをしっかりと覚えていてくれていてつながっていく。とても健全なつながりの始まり。
ブースにもどるとあと一時間でサテリテは終了。ラウールは業者に撤収を任せて一足先に帰国するらしい。同い年のスペインのデザイナー。暮らしてきた所や見てきたものはすべて違うけど強い縁を感じる。近い将来にまた会いたいと思う。
そうしてサテリテが終了。会場の至るところで拍手。彼らは本当にピュアだと思う。そして撤収開始。
金物の一つがうまく外れず明日業者に切ってもらうことに。そして日本から持ってきたカートが壊れるなど。トラブルがこんなところで待ち構えているとは。
ミラノ在住のデザイナーでサテリテに出展していたタハラヒロオミさんのヘルプでどうにか荷物をタクシーに。その後日本人みんなで打ち上げする為にチャイニーズレストランへ。一週間以上お箸を使わず、一週間以上白いご飯を食べていなかった僕は、なんだかほっとしてしまった。エンヤは中国語でオーダー。美味しい食事をしてサテリテ出展を締めくくる。
今日はなんだか特別な朝だ。とうとうこの日がきてしまった。妙な静けさを感じる。
搬出のために大きな段ボールがあるのでタクシーを呼んでもらうと偶然搬入の時と同じドライバーに。彼も覚えていてくれてて出発するなり今日はマラソンはないから道はスムーズだよと冗談混じりに言ってくれた。ドライバーと話すうちに自分から色々と話していることに気づく。知らず知らずのうちに英語も上達したんだろう。人間は知らず知らず成長し、それを実感した時に生きている喜びを感じるのだと思う。
会場に早く到着し、まだ人のいないサテリテのブースをうろちょろ。出展者の特権だと思う。すべての出展を一通りの見たあと裏通りへ。今日も一日が始まる。
せっかくフィエラにいるのでブースをエンヤに任せて本会場に。イタリアにとって家具はほんとに大きな産業だと思う。日本のモーターショーの何倍もの規模で、より多くの展示と新しい見せ方、全てが新鮮。COVOと言うブースで田村ナオさんが昔サテリテアワードを獲ったSeasonsというカトラリーケースを発見。このメーカーはその前にも小林幹也さんが椅子を発表したブースだと思う。もしかすると日本人のエージェントが居るのかも知れない。
そんな事を考えながらブースを見ているとMATTIAZZIというイタリアの家具メーカーのブースで話しかけられた。秋田先生のformroomから生まれたイニシャルに折れている名刺をブースで配っていたのですが、そのブースの人が覚えていてくれてて、一番人気のカタログは本当はもうないんだけど特別にあげるよと言ってストックから持ってきてくれた。
サテリテ会場で出会った人は筋が通った面白いことにはとても素直に感動し、受け入れる無垢さを感じる。そしてそういうきっかけをしっかりと覚えていてくれていてつながっていく。とても健全なつながりの始まり。
ブースにもどるとあと一時間でサテリテは終了。ラウールは業者に撤収を任せて一足先に帰国するらしい。同い年のスペインのデザイナー。暮らしてきた所や見てきたものはすべて違うけど強い縁を感じる。近い将来にまた会いたいと思う。
そうしてサテリテが終了。会場の至るところで拍手。彼らは本当にピュアだと思う。そして撤収開始。
金物の一つがうまく外れず明日業者に切ってもらうことに。そして日本から持ってきたカートが壊れるなど。トラブルがこんなところで待ち構えているとは。
ミラノ在住のデザイナーでサテリテに出展していたタハラヒロオミさんのヘルプでどうにか荷物をタクシーに。その後日本人みんなで打ち上げする為にチャイニーズレストランへ。一週間以上お箸を使わず、一週間以上白いご飯を食べていなかった僕は、なんだかほっとしてしまった。エンヤは中国語でオーダー。美味しい食事をしてサテリテ出展を締めくくる。
サローネサテリテというところ 8
4/21 サローネ5日目
サローネも残り2日。思えばいろんな人との出会いが会った。安積伸さんや、柳原照弘さんなど、日本でもあまり話せない人ともブースを持つことでそこにきて話してくれる。LGのコンペの時に取材してもらった日経デザインの方も来られたりと多くの日本の人との交流が海外で行われるのもサローネの特徴かも知れない。物事は待っててもこないけど発信することで呼応する。リアクションはリフレクションと言うことだと思う。光を充てる事でどうなっているかが本当の意味で理解できるのだと思う。
裏通りでは明日で終わるなんて寂しいという話に。すごくいい友達ができた。これはお金では買えない大きな資産だと思う。独立してからというもの、人脈の重要性をとても感じる。ラウールやグイド達の活躍を感じながら僕は日本でまた頑張ろうという気持ちになった。と言うより、軸足はやはり日本で、その良さを海外に伝えることの重要性を今回強く感じた。
明日は搬出があるので忙しくなるから今日はみんなで食事しようと言うことでフィエラの中のバイキングに。日本の話になって日本語の事や普通のお寿司と軍艦巻きはどう呼び方が変わるの?とか日本でどんな仕事しててどんなソフトウェア使ってる?とか。本当に日本に興味があるよう。
ラウールとモニカは結婚したら日本に遊びにきてくれるらしい。今からとても楽しみ。
後から聞いた話ですがラウールはフリーランスではなくて家具の工場のデザイナーらしい。グイドはデザイナーというより自分で家具を作る半分作家のようなデザイナー。みんなそれぞれの立場がある中で何かを伝えて何かを持って帰るために来る。それがきっとサテリテなんだと思う。
もう明日で最後。楽しむことを忘れずに残りのサテリテを満喫したい。
サローネも残り2日。思えばいろんな人との出会いが会った。安積伸さんや、柳原照弘さんなど、日本でもあまり話せない人ともブースを持つことでそこにきて話してくれる。LGのコンペの時に取材してもらった日経デザインの方も来られたりと多くの日本の人との交流が海外で行われるのもサローネの特徴かも知れない。物事は待っててもこないけど発信することで呼応する。リアクションはリフレクションと言うことだと思う。光を充てる事でどうなっているかが本当の意味で理解できるのだと思う。
裏通りでは明日で終わるなんて寂しいという話に。すごくいい友達ができた。これはお金では買えない大きな資産だと思う。独立してからというもの、人脈の重要性をとても感じる。ラウールやグイド達の活躍を感じながら僕は日本でまた頑張ろうという気持ちになった。と言うより、軸足はやはり日本で、その良さを海外に伝えることの重要性を今回強く感じた。
明日は搬出があるので忙しくなるから今日はみんなで食事しようと言うことでフィエラの中のバイキングに。日本の話になって日本語の事や普通のお寿司と軍艦巻きはどう呼び方が変わるの?とか日本でどんな仕事しててどんなソフトウェア使ってる?とか。本当に日本に興味があるよう。
ラウールとモニカは結婚したら日本に遊びにきてくれるらしい。今からとても楽しみ。
後から聞いた話ですがラウールはフリーランスではなくて家具の工場のデザイナーらしい。グイドはデザイナーというより自分で家具を作る半分作家のようなデザイナー。みんなそれぞれの立場がある中で何かを伝えて何かを持って帰るために来る。それがきっとサテリテなんだと思う。
もう明日で最後。楽しむことを忘れずに残りのサテリテを満喫したい。
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大阪在住のプロダクトデザイナー江口海里が見た文化都市「オオサカ」、「ニッポン」そして「デザイン」
by kairi-eguchi
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